ラスベガスはそれを究極のところで実現させようとしています。


いうなれば失われた「楽園」をもう一度取り返そうとする挑戦が試みられているのです。


MGMのライオンも、スフィンクスも、海戦も、ここにひとを集めて楽しませるためのデバイスであり・・・


それによって本当に楽しそうな表情になったひとびと(観光客という名の一時的な市民)が、都市を支えるのです。


それは4周を砂漠で囲まれたネバダの地で、これだけ世界的な知名度の高い都市を営んできたラスベガスのひとびとの「知恵」の賜物かもしれません。


ゴールドラッシュの19世紀末にはじまり、ニューディール政策に沿いフーバーダムの建設が進められた1930年代に、ラスベガスは荒くれ男たちをもてなす術を身につけました。


そして、第2次世界大戦終了と前後する形でリゾートとして立候補し、約半世紀をかけて「楽園」として磨きをかけてきました。



都市の前提条件として、つねにそこで「常民」的存在の誰かがうごめいていることがまず優先されるべきと考えたからです。


そのためには、固有の都市に対する人気を市民の間で盛り上げる必要があります。


そこで持ち出された概念が、それこそ昔ながらの「パンと見世物」です。


それは「グ,ルメとイベント」と読みかえられて、バブルの時代の世界中の都市を席巻しました。


バブル崩壊はそうした都市の股賑に関わる施策への嫌悪感を引き起こしてしまいましたが・・・


本質的には、都市民を歓待する装置としての都市の位置づけは、けっして間違った発想ではありません。


それこそがまさに、都市を「欲望の装置」と見なす19世紀以前の発想の復活であり・・・


機能と合理のイズムを忠実に実践したために無機化してしまった20世紀都市をひとまず救済する道であったからです。



アメリカの都市の多くが治安維持と市民の安全確保に頭を悩ませていますが・・・


それは時間的に用のないひとびとはまったく存在しない無人の地区が都市内に生じてしまうことに起因しています。


19世紀以前の非合理性を継承しているヨーロッパやアジアの都市は、少々の事件があっても、市民が深夜マーケットの駐車場や自分の住む高層アパートのエレベーターのなかで頭を撃ち抜かれて命を落とすような悲劇はまず生じません。


香港が一番わかりやすいのですが・・・


さして用もないひとびとがぞろぞろと歩いている街では、物取りには遭遇しても、絶命にいたるような事件はまず起きることがありません。


市民がそこにいるということが都市を衰退に追い込まない何よりの処方箋なのです。


ポスト.モダニストは、モダニズムの都市のいわゆる「ゾーニング(専用地区割り)」が都市を空洞化したと告発し・・・


19世紀以前のような都市にさまざまなひとびとや業種が混在する方法を復活させるべきと主張しました。


再認識しておかねばならないのは、出現した建築は、あくまでも現代建築であり、ここは現代の都市なのだということです。


そして、そこで追認なり、継承されている都市の発想とは、20世紀が確立しようとしたモダニズムの都市の概念ではなく・・・


むしろ、古代ローマや中世のある種、祝祭的な血生臭い都心観に則っているという事実です。


そして、この「現代」と「回顧」のふたつの正反対の発想を止揚しようとする思考は、1980年代にポスト・モダンが喝采を浴びて登場してきたときに、大衆の幅広い支持を集め得た原動力であったことに思い当たります。


20世紀のモダニストは、都市を合理的かつ機能的なものにしようと提唱しました。


工場は工場街に、商店は商業地区に、事務所はダウンタウンに、そして、住宅は住宅専用地域にという発想は、都市から「こんがらがった」魅力を奪い去り・・・


時間周期に従って、集中と空洞化が交互にやってくる困った都市形態を作り出してしまいました。



ホテルの設営者は、ラスベガスで長くカジノやホテルを営んできた資本家たちです。


「ルクソー」と「エクスキャリバー」は、ラスベガスの名門ホテルの一つ「サーカス・サーカス」と同じ経営者、「トレジャー・アイランド」はやはり「ミラージュ」の経営者が新たなるラスベガス(それは、ラスベガスで編集されたガイドには、ニュー・ディメンジョン=新次元、ニュー・デステニィー目新たな運命、というふたつの標語で語られている)を意識して建設しました。


彼らは、無論、算盤ずくでそれらの大ホテルを手がけたのです。


しかし、彼らの心中にかつての皇帝と同じような都市造営の快感が存在していないと誰が言い切れるでしょうか。


ラスベガスの地元のメディアに登場して自信満々にラスベガスの明日を語る彼らの姿は、まるでシーザーのようであり・・・


そのまま名門ホテルの一つ「シーザース・パレス」の門前で石像(いやFRPのレプリカか)になって並んでもおかしくないほど自信と自己満足に満ちあふれています。

1974年、人生の目的を探すうえで最も重要な出来事が、33歳の誕生日を迎える2週間前に起こりました。


・・・それまでの1年半、私はケータリング会社の管理職として、多忙な日々を過ごしていました。


文字通り、昼夜を分かたぬ仕事でした。


私はほとんど家にいることができず、ふたりの子供をベビーシッターに預けっ放しにしておいたのです。


それが間違いのもとでした。


子供たちは手に負えないほど反抗的になっていたのです。


私はこの年の正月休暇を利用し、気分転換の意味を込めて、友人と1週間ほどニューメキシコ州サンタフェへ旅に出ました。


サンタフェに着いたとたん、私はすっかりこの土地の虜になっていました。


1週間もしないうちに、友人とサンタフェに引っ越そうかと話をしていたくらいです。


そして、カリフォルニアに戻ると、自分の直感を信じ、給料はよいが、忙しすぎる仕事を辞めたのです。


世の中を変えるより、自分の性格を180度変えたいという気持ちのほうが強かったのです。


私は20歳のとき、同じ大学に通っていた学生と結婚しました。


でも最初の3年間は本当につらくて、自分がなんのためにこの世に生まれてきたのかわからなくなっていました。


卒業してエンジニアとなった夫は、会社の同僚をよくうちに連れてきたものです。


夫たちはよく時事問題について話し合っていました。


だから私も彼らと話を合わせるためだけに、大学の図書館で雑誌に目をとおしていたのです。


私はそんな生活に嫌気がさしていました。


離婚して8年目に、ロサンゼルスからサンフランシスコに引っ越しました。


生活は幼いふたりの子供の養育、新しい友人づくり、芸術、パートタイムの仕事を中心に回っていました。


もちろん、そのときは、自分の人生がこれほど変わってしまうとは思いもしませんでした。


何かを変えなくてはいけないと感じてはいましたが、それも暮らしや健康状態をもつとよくしたいといった漠然としたものにすぎなかったのです。


当時、私は32歳でひとり暮らしをしており、ある人に頼まれてビジネス書の執筆を手伝っていました。


・・・しかしいつのまにか、その仕事が私にとって強い束縛となっていたのです。


でも、8月のこの日を境に、私は本来自分の歩むべき道を進む覚悟を決めました。


この決意がなければ、いま、こうして人生の目的といえる仕事にたどり着くことはできなかったでしょう。


学園闘争をはじめ、時代が激動する1963年、私はカリフォルニアにある大学を卒業しました。


引っ込み思案で、孤独で、うつぎみだったせいか、当時の世の中の動きにはまったく関心がありませんでした。


「あなたはある性質をもってこの世に生まれてきた。


そしてその性質は、文字通り、あなたが生まれたとき、神様から与えられた贈り物なのである。


この世に生まれてくるすべての人間には、果たさなくてはならない使命があるのだ。」


・・・ジェームズ・ヒルマン


ある日、私は宙をにらみながら刺々しい声で叫んでいました。


あのとき、叫び声をあげていなければ、いまこうしてこの文章を書いていることもなかったでしょう。


1993年8月、私はアメリカのカリフォルニア州にある、小さなコテージの真ん中に立ちつくしていました。


いまにして思えば、このときの「叫び」は、本来の自分の姿を取り戻し、いまの仕事に生涯を捧げるための転換点だったのです。

シンプルな生活は、それ自体がすばらしい報いであるということに、多くの人が気づいています。


ゆったり、のびのびとし、飾り気のない優雅さに満ちた生き方もありうることを、彼らは知っているのです。


多いほうがよいという考えにとらわれた単調な毎日を変えるためのカウンセリング・コースを開いている、シアトルのニューロードマップ財団の代表者ビッキーは、彼女のコースを受けてうまくいく人は、「自分の必要や欲望、そして願望よりも大きな目的意識」を必ず持っていると述べています。


仕事における目的の感覚というものが、公正で持続可能な世界を形成する鍵である、という考えが広まりつつあります。


フランスの作家、アルベール・カミュは記しています。


「仕事のない人生は堕落する。


しかし、魂のない仕事は人生を息苦しく、死に等しいものにする」。


シンプルなテクノロジーで、生活の質が思いがけなく向上することを指摘する人もいます。

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