一つはロマンティック型とでもいえようか、
ここにある種のパセティックな情緒を見て
(たとえばト短調の弦楽五重奏曲K五一六の終楽章の序奏のような)、
大いに高揚した気分を前に押し出してくるタイプで、
イタリア四重奏団や、アマデウス四重奏団にそれが見られる。
これに対するのは近代型ともいうべきもので、
情緒よりも、複雑な音のからみあいを重視している。
いかにモーツァルトの書いた音像と
その意図(らしきもの)を解明しようかと努めているもので、
アルバン・ベルク四重奏団、ムジークフェライン四重奏団、
ジュリアード四重奏団などが、
それぞれのリーダーの音の感覚に従ってとらえた音の形を見せている。
それらについては読者それぞれの好みの働くところであるが、
なんといっても、ジュリアードのロバート・マンが
ひときわ傑出した音楽家であるだけに、ここはそれを推しておきたい。