2010年10月アーカイブ

東方の富を手に入れる鍵は正確な情報だということを知っていた支配者は、科学者を励まして航海術を技術から科学へと発展させました。


たとえば、ポルトガルのドゥアルテ・パシェコ・ペレイラ(1460~1533年)の『エスメラルド・デ・シトゥ・オルビス』は、その当時の最も総合的な操船術の論文です。


1世代後に、ルネサンス期最高の数学者の1人ペドロ・ヌーニェス(1502~1578年)や、科学としての航海術で頭角を現した中でも筆頭株のドン・ジョアン・デ・カストロ(1500~1548年)らが登場しました。


デ・カストロの著書、『トラタード・ド・エスフェラ』や、さまざまな周航記には、コンパスの磁針気偏差から天文学やさまざまな海岸や港の描写にいたるまで、初めてアフリカに向かって船出してから100年の間にポルトガル人が学んだことがすべて含まれていました。


事実、これらの情報は東方の富を手に入れるための青写真にほかなりませんでした。


ジョアン2世もエンリケと同じように、探検とその後に続く貿易にとって、正確な情報こそ成功の鍵であることを理解していました。


そこで彼は、船乗りたちに海岸を調査するよう求め、彼らの発見によって現存の地図を塗り替えていきました。


ジョアンはまた海の秘密に関する情報も求めました。


風、海流、海岸、補給の場所その他あらゆる情報が、アフリカ西海岸全体を詳細に描いた案内書に盛り込まれていきました。


航海術の改善にも努力が払われました。


大叔父エンリケに倣って、ジョアンは、当時、最高の頭脳をポルトガルに招くことを慣例としたのです。


亡命か、あるいはキリスト教への改宗かを迫られていたスペインの偉大なユダヤ人天文学者や数学者の中には、喜んでジョアンの招待を受け、リスボンに移る者もあったそうです。


そして、彼らはリスボンで実用的な航海用具や技術を考案する仕事を続けました。


その中には、緯度と太陽の傾きの関係を記した『アルマナック・ペルペツウム(万年暦)』の作者アブラハム・ザクートもいました。


彼と行動を共にした弟子の1人、ジョセブ・ヴィシニョは、実際にディオゴ・カンの探検に加わり、航海中、太陽の位置の測量を行いました。


ヴィシニョは、その後、ザクートの『万年暦』を最新のものにして、ヘブライ語からラテン語に訳しました。


ザクートの『万年暦』と、正午の太陽の高さを測るための従来より正確な器具を得て、ポルトガルの船乗りは海上での自船の緯度を決定することができるようになったのです。


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