『正則文部省英語読本』は、明治22年外山正一の編纂したものです。
その広告文にいわく・・・
「本書は、本邦諸学校生徒に英語を正則に教授するの目的を以て編纂せるものなり。
そもそも英米にて刊行する英文読本は既に英語を理解し得る老の為め作りたるものにて、その文章は英米の児童にありてはこれを読み下せば即ちその意昧を了解し得べきものなる。
故に、斯の如き児童のためには便利有益なるものなるべけれども、本邦人の如く英語を理解せざるものにありては、右等の英米読本はいかに初歩のものと雄も必ず訳読せざるを得ざるが故に正則に英論を教授するには甚だ不適当のものなり。
今日なお我が国諸学校に変則流の大いに行わるるは英木読本を教料書に用いるに主囚するが如し。
これを以て本齋はその弊を避け、専ら正則によりて英語を教授するの方法を設けたるものにし、その使用法の如きは緒冒にこれを詳述し、英語の発音の如きは新語の出つる毎に各葉欄外にこれを解説せり。
たしかにこの『正則文部省英語読本』には
「会話の一つ一つに連絡がなく、内容が面白くないのが大きな欠点である」
・・・と市河三露博士も言っておられるようなマイナス面もあります。しかし、
「その意図するところ、その編さん法等において当時としては一頭地を抜くもの」
だったのです。
とにかく、その『正則文部省英語読本』と『英語教授法』の2つの著作からのみしても、外山正一は日本英語教育史上、岡倉由三郎以前において、もっとも大きな位置を占めるべきです。
外山正一を取りあげて、その『英語教授法』のみで去ることは文学方面からの攻撃を受けるかもしれません。
石川遼 英会話がまだなかった時代・・・英語を学ぶことは大変なことだったのです。